大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和36年(ワ)342号 判決 1968年7月24日

原告

和田文衛

代理人

高橋武

ほか二名

被告

小浜阿以

代理人

上西喜代治

ほか一名

被告

株式会社上田商会

代理人

尾埜善司

ほか一名

主文

被告小浜は、原告和田に対し、別紙登記目録五記載の抹消登記の回復登記手続をせよ。

被告上田商会は、原告和田に対し、別紙登記目録六記載の仮登記の抹消登記手続をせよ。

原告和田のその余を請求を棄却する。

被告小浜の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告和田

主文第三項を除き主文同旨。

原告和田が別紙物件目録記載の物件(本件物件)を所有することを確認する(原告和田と被告等との間)。

被告上田商会は、原告和田に対し、主文第一項の回復登記手続につき承諾せよ。

二  被告小浜

原告和田の請求を棄却する。

原告和田は、被告小浜に対し、本件物件のうち建物(本件建物)を明渡し、昭和二四年三月一日から同三五年一一月五日まで一ケ月金四〇〇円、同三五年一一月六日から右明渡まで一ケ月金三、四三一円の割合による金員を支払え。

原告和田は、被告小浜に対し、別紙登記目録四記載の仮登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は原告和田の負担とする。

第二  原告和田の主張

一  被告小浜は、昭和二一年一月一〇日、相続に因り、本件物件の所有権を取得し、登記目録一の所有権移転登記をした。

二  訴外大野浅次郎は、昭和二三年四月、訴外服部巌に対し、金二〇万円を貸付け、同月二一日、服部巌と親密な関係にあつた被告小浜との間に、右債権担保のため、被告小浜所有の本件物件を含む不動産について、服部巌の右債務不履行のとき、大野浅次郎が売買予約完結の意思表示をすれば、右債務額を代金額とする売買により本件物件の所有権を取得しうる旨の売買予約を締結し、同月二二日、登記目録二の所有権移転請求権保全仮登記を受けた。

三  服部巌は、約定の弁済期に右債務を履行しなかつたので、大野浅次郎は、同年一一月(二七日以前)、被告小浜に対し売買予約完結の意思表示をなし、本件物件の所有権を取得した。

四  訴外桜井新次郎は同年一一月二七日、大野浅次郎から本件物件の所有権の譲渡を受け、同二九日、被告小浜から直接(中間省略)、登記目録三の所有権移転登記を受けた(同日、登記目録二の仮登記を抹消の上)。

五  原告和田は、昭和二四年二月一一日、桜井新次郎から本件物件を代金九万円で買受け、その所有権を取得し、昭和二八年三月九日、同日附仮登記仮処分命令に因り、登記目録四の所有権移転仮登記を受けた。なお原告和田は、京都地方裁判所に、桜井新次郎を被告として、本件物件所有権移転登記手続請求の訴を提起して、請求認容の判決を受け、右判決は、すでに確定している。

六  被告小浜は、昭和二五年、京都地方裁判所に、桜井新次郎を被告として、登記目録三の所有権移転登記の抹消等請求訴訟を提起したが、昭和二六年五月一六日、請求棄却の判決を受け、大阪高等裁判所に控訴し、同裁判所は、右事件を京都簡易裁判所の調停に付し、昭和二八年三月二七日、京都簡易裁判所において、被告小浜・桜井新次郎間に、桜井は、小浜に対し、登記目録三の所有権移転登記は小浜の意思にもとづかない無効のものであることを確認し、その抹消登記手続をなすこと(この条項は、もし本件物件の所有権が桜井に移転しているときは、桜井がその所有権を小浜に譲渡する合意を含むものと解される)等の条項を含む調停が成立し、右調停調書のみにもとづいて(原告和田の承諾書又は原告和田に対抗することを得べき裁判の謄本を添附することなしに)、同年五月二〇日、登記目録三の所有権移転登記の抹消登記(登記目録五の抹消登記)がなされた。

七  被告上田商会は、昭和三七年五月二一日、被告小浜から、登記目録六の所有権移転請求権保全仮登記を受けた。

八  原告和田は、登記目録四の所有権移転仮登記権利者として、登記目録三の所有権移転登記の抹消につき、不動産登記法第一四六条第一項所定の「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」であるから、登記目録三の登記の抹消登記(登記目録五の抹消登記)は無効であり、右抹消登記の有効を前提とする登記目録六の所有権移転請求権保全仮登記も無効である。

九  被告等は、原告和田が本件物件を所有することを争つている。

一〇  よつて、原告和田は、被告等に対し、原告和田が本件物件を所有することの確認、被告小浜に対し、登記目録五の抹消登記の回復登記手続、被告上田商会に対し、右回復登記手続につき承諾および登記目録六の仮登記の抹消登記手続を求める。

一一  被告小浜主張三、四の事実は認める。

一二  被告小浜・原告和田間の本件建物賃貸借は、桜井新次郎が昭和二三年一一月二九日登記目録三の所有権移転登記を受けたことにより、同人が賃貸人の地位を承継し(被告小浜は賃貸人の地位を喪失)、原告和田が昭和二四年二月一一日桜井新次郎から本件物件の所有権を取得したことにより、終了した、

第三  被告小浜の主張

一  原告和田主張一の事実、二、四、五の事実のうち各登記がなされた事実、六、七、九の事実は認めるが、その余の原告和田主張事実は争う。

二  服部巌は、被告小浜の印章を冒用して被告小浜名義の委任状等を偽造し、右委任状にもとづいて、登記目録二、三の各登記がなされた。

三  被告小浜は、戦前から、原告和田に対し、本件建物を賃貸していた(昭和二四年当時の賃料は一ケ月四〇〇円)。

四  被告小浜は、原告和田に対し、昭和三五年一一月一日到達の書面で、同二四年三月一日から同三五年一〇月末日までの未払賃料合計金五六、〇〇〇円を同年一一月五日までにに支払うことを催告し、右期間内に支払わないときは賃貸借契約を解除する旨の催告並びに条件付契約解除の意思表示をした。

五  原告和田は、右期限内に延滞賃料の支払をしなかつたので、賃貸借契約は、同年一一月五日かぎり解除となつた。

六  よつて、被告小浜は、原告和田に対し、登記目録四の仮登記の抹消登記手続、本件建物の明渡、昭和二四年三月一日から同三五年一一月五日まで一ケ月金四〇〇円の割合による賃料、同三五年一一月六日から右建物明渡済まで一一ケ月金三、四三一円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

第四  被告上田商会の主張

被告上田商会訴訟代理人は、口頭弁論期日に出頭したが、弁論をしない。

第五  証拠 <略>

理由

第一原告和田・被告小浜間の事実判断

原告和田主張一、六、七、九の事実、被告小浜主張三、四の事実は、当事者間に争がない。

<証拠>によれば、原告和田主張二、三、四、五の事実を認めうる(原告和田主張二、四、五の事実のうち、各登記がなされた事実は、当事者間に争がない)。<証拠>のうち、上記認定に反する部分はいずれも採用し難い。

第二原告和田・被告上田商会間の事実判断

原告和田主張事実は被告上田商会において自白したものとみなす。

第三法律判断

一  (一) 不動産の所有権が、甲から乙、乙から丙と順次移転し、甲から乙への所有権移転仮登記がなされた場合、甲乙間に成立した「乙は、甲から乙への所有権移転登記の抹消登記をする。」旨の調停調書のみにもとづいて(丙の関与なしに)、甲から乙への所有権移転登記の抹消登記がなされ、つぎに、甲から丁への所有権移転請求権保全仮登記がなされたとき、丙は、甲に対し、右抹消登記の回復登記手続を、丁に対し、甲から丁への所有権移転請求権保全仮登記手続を求めうる、と解するのが相当である。けだし、(1)、丙は、甲から乙への所有権移転登記の抹消登記につき、不動産登記法第一四六条第一項所定の「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」に該当するのに、右抹消登記は、丙の承諾書又は之に対抗することを得べき裁判の謄本の添附なくしてなされた手続上違法な登記であるのみでなく、(2)、右抹消登記は、現に丙の利益を害している登記であるので、右抹消登記は無効であり、右無効の抹消登記の後になされた甲から丁への所有権移転請求権保全仮登記も、同様に無効であるからである。

(二) (丙が不動産登記法第一四六条第一項所定の「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」に該当する理由)

同法第一四六条第一項所定の「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」は、当該抹消登記のなされる同一登記用紙中に記載されている登記権利者であつて、抹消登記のなされることにより損害を受けるおそれのある者をいう。(ただし、抹消に係る権利について順次の全面的移転的承継を示す登記がある場合は、登記手続上、まず、現在の登記名義人の登記の抹消から始めなければならないから〔同法第四九条第六号参照〕、「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」の範囲は、更に限定される。)

よつて、乙から所有権移転仮登記を受けた丙は、乙から抵当権設定登記を受けたときと同じく、甲から乙への所有権移転登記の抹消登記につき、「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」に該当する、と解するのが相当である。(ただし、丙が、乙から所有権移転登記を受けているときは、登記手続上、まず、乙から丙への所有権移転登記の抹消登記をしなければならないから、丙は、甲から乙への所有権移転登記の抹消登記につき、「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」に該当しない。)

甲から乙への所有権移転登記につき、「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」丙の承諾書又は之に対抗することを得べき裁判の謄本を添附して右抹消登記の申請がなされ、右抹消登記をした場合、第三者丙の登記は、すべて、同法第一四七条第二項所定の「抹消ニ係ル権利ヲ目的トスル第三者ノ権利ニ関スル登記」に該当する、と解し、職権でこれを抹消すべきものと解するのが相当である。けだし、第一四七条第二項は、承諾書又は裁判の謄本の提出により無効であることが明らかとなつた第三者の登記を、すべて職権で抹消することによつて、無効の登記が残存するという登記制度の理想に反する結果の発生の防止をはかつた規定と解すべきであるからである。

二(一) 設例の場合、丙は、丁に対し、甲から乙への所有権移転登記の抹消回復登記手続につき、承諾請求権を有しない、と解するのが相当である。けだし、設例の場合のように、丙が丁に対し丁が受けた登記の抹消登記請求権を有するときは、丁は、甲から乙への所有権移転登記の抹消回復登記につき、不動産登記法第六七条所定の「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」に該当せず、登記手続上、まず、丁の受けた登記の抹消登記をした上、甲から乙への所有権移転登記の抹消回復登記をすべきであるからである。

(二)  (丁が不動産登記法第六七条所定の「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」に該当しない理由)

同法第六七条所定の「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」は、当該抹消回復登記のなされる同一登記用紙中に記載されている登記権利者であつて(最高裁判所三九年七月二四日第二小法廷判決、民集第一八巻第六号第一一九八頁参照)、抹消回復登記のなされることにより損害を受けるおそれのある者をいうが、設例の場合のように、抹消回復登記請求権者丙が第三者に対し丁の受けた登記の抹消登記請求権を有するときは、丁は、甲から乙への所有権移転登記の抹消回復登記につき、「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」に該当しない、と解するのが相当である。けだし、もし、丁を右第三者に該当すると解すると、抹消回復登記の場合は抹消登記の場合の職権抹消の規定がないから、甲から乙への所有権移転登記の抹消回復登記のみがなされ、丁の受けた無効の登記が抹消されないまま残存するという登記制度の理想に反する結果を発生させることになるからである。

三  設例の場合、丙は、甲および丁に対し、所有権の確認を求めえない。けだし、仮登記は、本登記の順位を保全する効力があるに止まり、仮登記のままで本登記を経由したものと同一の効力があるとはいえず、本登記手続が終るまでは、甲および丁は、丙の右登記の欠缺を主張しうる第三者に該当し、丙は、甲および丁に対し、その所有権の取得を対抗しえないからである(最高裁判所昭和三二年六月一八日第三小法廷判決、民集第一一巻第六号一〇八一頁および昭和三八年一〇月八日第三小法廷判決、民集第一七巻第九号一一八二頁参照。)

四  設例の場合、甲は、丙に対し、所有権にもとづき、丙占有不動産の明渡、賃料相当損害金の支払および乙から丙への所有権移転仮登記の抹消登記手続の各請求権を有しない。けだし、甲から乙への所有権移転登記の抹消登記は、無効であり、丙は乙に対し本登記手続を求めうる所有権移転仮登記権利者であるからである。

五  本件についてみるに、被告小浜、訴外桜井、原告和田、被告上田商会は、それぞれ、設例の場合の甲、乙、丙、丁に該当する。本件において、本件物件の所有権は、被告小浜から訴外大野から訴外桜井へと順次移転し、被告小浜から訴外桜井へ中間省略の所有権移転登記がなされているが、設例の場合の法理は、そのまま本件に妥当する。

六  なお、被告小浜・原告和田間の本件建物賃貸借は、訴外桜井が被告小浜から所有権移転登記を受けたことにより、同人が賃貸人の地位を承継し、原告和田が訴外桜井から本件物件の所有権を取得したことにより、終了している。

第四結論

したがつて、原告和田の、被告小浜に対する登記目録五の抹消登記の回復登記手続請求、被告上田商会に対する登記目録六の仮登記の抹消登記手続請求は、これを認容し被告上田商会に対する右抹消回復登記手続についての承諾請求、被告等に対する本件物件所有権確認請求は、これを棄却し、被告小浜の原告和田に対する、登記目録四の仮登記手続、本件建物の明渡、賃料・損害金の支払の各請求は、すべてこれを棄却する。

よつて、民事訴訟法第九二条第九三条を適用し、主文のとおり判決する。(小西勝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例